映画感想「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」

2021年11月28日

2019年制作、フランス・ベルギーのスリラー映画。ランペール・ウィルソン、オルガ・キュリレンコなどが出演しており、実際にあった話を元に作られた作品とのこと。Amazon Prime Videoにあったので視聴。

世界的ベストセラー・ミステリー小説「デュダリス」3部作完結編の出版権を獲得したと、出版社の社長エリック・アングストロームがブックフェアで発表するところから始まる。その後、デュダリスの売れ行きの良い言語の翻訳家9人が人里離れた屋敷に集められた。
ネタバレや流出を絶対に防ぎ、各言語同時発売にするため、エリックは屋敷の地下にある核シェルターのような場所に9人を閉じ込める。個人のPCはもちろん、携帯や録音機器も没収、ネット接続は禁止。1日に配られるページは20枚で、翌日にまた続きを翻訳するという徹底ぶり。完全に翻訳する道具のような扱いに、翻訳家たちは不満を覚える。
そんな最中、インターネットにデュダリスの冒頭10ページが流出する。そしてエリック宛てに「続きを流出されたくなかったら金を振り込め」という脅迫が。犯人は9人のうちの誰かだと睨んだエリックは彼らへの扱いを厳しくし、やがて翻訳家同士の仲も悪くなっていく……というのが序盤のあらすじ。

ミステリー小説の出版者社長や翻訳家らが本当にミステリーのような事件に巻き込まれていく、というのがキモなのだが、この「翻訳家を隔離」というのが実際にあったというのが実は一番驚いた。アメリカの小説家ダン・ブラウンの小説「インフェルノ」（日本でかつて社会現象になった「ダ・ヴィンチ・コード」のシリーズ続編4作目）の翻訳を行う際に、違法流出を防ぐために欧州6ヶ国語の翻訳家たちを、出版社の地下に隔離し作業させたのだという。
従業員と同じ会社の食堂を使っていたというから本作の内容ほど待遇はひどくなかったとは思うが、完全極秘のため社員に疑われないよう翻訳家たちは偽の素性が与えられ、休憩時の外出などもばっちり記録が取られたとのこと。そんな興味を引く話を元に書かれているので、シチュエーションとしての掴みはバッチリだろう。

容疑者となる翻訳家たちはヨーロッパに偏りがちだがいずれも個性的。いかにもなインドアで内向的な人物から、およそ翻訳家とは思えないスケボー青年やスキンヘッドにタトゥー入りのパンクな女性、さらにデュダリスの熱烈なファンで常にコスプレをしている女性など様々。
オフの時間にみんなで食事をしたりボーリングなどで遊んだりする中で、互いの生まれた国を絡めての軽い冗談を言うなど、センシティブと思われる部分にガンガン触れる異文化交流はけっこう印象深かった。

本作は物語がかなり二転三転していくので、あらすじや序盤から展開や結末まで予想するのはかなり難しく、先の読めない展開にハラハラできると思う。ところどころ時系列が前後する部分や、先に結果や行動だけを見せて、そのあとで理由や動機を語るというのも推理小説やミステリーらしい作りを意識していると思われる。
状況的に翻訳家たちの方に肩入れしてしまうが、事件より以前や、その後の様子が描かれるのはエリックが主であり、見ようによってはエリック視点からでも、自分を陥れようとする9人の容疑者というミステリーとして成立する。

登場人物のほとんどがもれなく本好き、あるいは文学好きという点も題材としてまっとうに思えるが、最終的にあまり「翻訳家」の物語ではなくなったのは少々残念。翻訳家たちが職業的強みを生かして抵抗するシーンなどはおっと思わせるのだが……。それでも、伏線の張り方やミステリー小説を巡るミステリーという入れ子構造のような作りが強調されている点などは巧いと思ったし、作品としては楽しめた。

というわけで、ミステリー小説に関わる人物たちの物語であり、作品自体がミステリー・サスペンスになっている作品。中だるみもなく、最後まで観ると劇中で断片的にしか情報が明かされなかった「デュダリス」の内容や結末がなんとなく浮かんでくるというのもよかった。

_{画像：© 2019 Trésor Films, France 2 Cinéma, Mars Films, Wild Bunch, Les Productions Du Trésor, Artémis Productions}

Amazon Prime Video
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B08B8N93KD

ダン・ブラウン「インフェルノ」翻訳に関する記事
Dan Brown’s “Inferno" Translated in an Underground Italian Bunker
http://ublishingperspectives.com/2013/05/dan-browns-inferno-translated-in-an-underground-bunker/