映画感想「Mr.ノーバディ」

2021年公開、アメリカ制作のアクション映画(同名のマカロニ・ウエスタンとは無関係)。監督はイリヤ・ナイシュラー。ボブ・オデンカークが主演を務めるほか、その父親役として、みんな大好き「ドク」ことクリストファー・ロイドが出演している。Amazon Prime Video(吹替版)で視聴。

主人公ハッチ・マンセルは2児の父。義父、つまり妻の父親が築いた部品工場で働いている。妻のレベッカとの関係は冷めきり、反抗期の息子には無視されている。ゴミを出し忘れたことを妻からちくちく言われ、職場でもただルーティンワークをこなす日々。ある夜、マンセル家に強盗が押し入る。ハッチは最初こそ撃退しようとゴルフクラブを構えるが、拳銃を突きつけられ抵抗を辞めてしまう。そこへ、異変に気づいた息子が乱入し強盗の一人を締め上げるが、ハッチは息子を制止させ、物取りの好きにさせたあげく結局逃走される結果に。
強盗に立ち向かわなかったことで息子からの尊敬を完全に失ったハッチだが、娘が大事にしていた猫のブレスレットがなくなったため、強盗が持っていったと思い独自に犯人を見つけようと動き出す。しかし、その過程で喧嘩に巻き込まれ、さらにロシアンマフィアに狙われるようになってしまう……というのが大筋。

よくできた映画。まずとにかく主人公ボブ・オデンカークの冴えないおっさん感が最高。彼は元々コメディ畑出身の役者で、「ブレイキング・バッド」や「ベター・コール・ソウル」の胡散臭い弁護士、ソウル・グッドマン役の人といえば一番通りがいいだろう。見るからに荒事は苦手ですといった雰囲気も相まって、「男らしくない」お父さんを演じきっている。
彼を取り巻く環境も計算されており、妻の父親の会社で働き(つまりは縁故採用)、さらに奥さんのほうが忙しく収入が良いことは朝の彼女がスーツ姿なことやバス停に広告を出していることからも明らか。月曜、火曜、水曜……というテロップのあとに上記の情けないワンシーンを矢継ぎ早に差し込むという見せ方もテンポが良く、序盤はハッチの男、父親としての情けなさや駄目なやつというところをこれでもかと強調してくる。

「これでレベッカを守ってやれ」と、義兄弟から銃を渡され嫌な顔をするハッチ。
非暴力主義でパッとしない男感がよく出ている。

見る前や序盤の段階では、後に起こることとあわせて周囲に抑圧され続けた不能男が自らの秘めたる暴力性を開放する「わらの犬」的な話かなと予想していたのだが、実際はかなり違った。というのも、ハッチが一念発起する以前から端々にその描写はあったのだが、徐々にどうもこの男ただもんじゃないぞという面が明るみになっていくのだ。
この映画の脚本を手掛けたデレク・コルスタットは、キアヌ・リーヴス主演の人気ガンアクション映画「ジョン・ウィック」シリーズの脚本家、そしてプロデューサーに名を連ねるデヴィッド・リーチも同じく「ジョン・ウィック」の生みの親である。ということは本作はある意味で「ジョン・ウィック」の親戚といってもいい作品であり、内容も「舐めてた相手が実は……」というアレ系なのである。こういうのは80~90年代にアーノルド・シュワルツェネッガーやスティーブン・セガール作品の定番でもあったが、顔つきや体つきでカタギじゃねえだろとわかる彼らと違って、「ザ・平凡中年男」なボブ・オデンカークの容姿はその手のジャンルで最高値のギャップを叩き出しているといっていい。役者にそこまでイメージがついていないという点をうまく武器として使っている。

また、監督のイリヤ・ナイシュラーは一人称視点アクション映画「ハードコア」を手掛けた人物で、アクションにおけるアイデアとバイオレンス面では申し分がなく、アクション映画としてのクオリティはとても高いと思う。
見た目は平々凡々なおっさんが、殴り返されながらも怯まず応戦し続ける姿はカタルシスがあるし、60歳手前というボブ・オデンカークの年齢を考えても好印象。また銃撃音や打撃音、刃物で切りつけたときの音などとても生々しく、拘っているのがわかる。そしてこのハッチ・マンセル、こちらの想像を超えて「やり過ぎる」ところがミソ。やっていることは「ジョン・ウィック」と同じでありながらこのへんは差別化になっていると感じたし、後半にいたっては痛快すぎて変な笑いが出た。そんなハイスペックなら、序盤のダメダメっぷりはなんだったのかという疑問が浮かぶが、そのへんの説明も一応納得感はある。

というわけで、脂の乗った映画職人たちによる実にいい仕事、といった感じの高水準アクション。裏方の力量もさることながら、主役の選出が題材としてめちゃくちゃプラスになっていると思う。作中でかかる80~90年のポップスやロックも小気味よい。これは元ミュージシャンという経歴を持つ監督の味なのかも。
一言なにかあるとすれば、あまりにも中年男性が気持ちよくなるだけの作品に見えなくもないところだろうか。まあ、80~90年代アクション映画を今忠実にやるとこうなるのかもしれない。まあとにかくスカっとする作品なのでおすすめ。

傷だらけのまま、紫煙をくゆらせるハッチ・マンセル。
まったりとしたバージョンの「Don’t Let Me Be Misunderstood」がかっこいい。

画像:© 2021 Universal Studios and Perfect Universe Investment Inc.

Amazon Prime Video(吹き替え)
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B09D7P3C6V/