映画感想「アス」
2019年公開のアメリカ映画。「ゲット・アウト」のジョーダン・ピール監督作品。
裕福な黒人家族ウィルソン家がバカンス中、突如として自分たちそっくりな人間が家に押し入ってくる、というもの。主人公で妻のアディ(アデレード)・ウィルソンをルピタ・ニョンゴが演じる。
前作「ゲット・アウト」は、「白人が黒人に抱く潜在的な恐怖と羨望」というあまりなかった切り口で新鮮だった。こうした繊細な感情から恐怖を見つけられるのはかなり強みな気がする。調べてみるとジョーダン・ピールは黒人の父と白人の母の間に生まれており、人種に対する見方についてはいっそう敏感だったのかもしれない。
主人公のアディは幼少の頃、サンタクルーズ(カリフォルニア州のリゾート地)のお祭りで迷子になった経験があり、そのときに自分と瓜二つな存在と出会っていた。当時はその心理的ショックからかまったく言葉を発さなかったが、今は回復して結婚し一男一女を設けている。白人のエリート家族と付き合いがあり、暮らしぶりも裕福。
夫ゲイブはハワード大学という名門黒人大学を出たおぼっちゃんらしく、お調子者でやや頼りない。この父ちゃんの存在が家族にとっての救いというか、映画全体のコメディ役になっている。
長女で姉のゾーラは今どきのティーンという感じでスマホに夢中。陸上をやっていたらしく運動神経はよい。弟ジェイソンは引っ込み思案でいまいち何を考えているのかわかりにくい。白人家族の子にも「あの子変わってる」と言われるほど。
このウィルソン一家がバカンス中、夫の提案でビーチに行くことになる。場所はアディにとってトラウマのサンタクルーズ。アディは嫌がるが押し切られ、渋々行くことに。神経質なアディをよそに、白人のタイラー一家と合流するが、ジェイソンがいなくなる。幸いすぐに見つかったが、その際、弟は手に血のついたまま立ち尽くす男を見る。
そして夜、ウィルソン一家は家の敷地内に、昼間の男と同じようにして四人の男女が立っているのを目撃する。
夫が出ていくように警告するが、彼らはまったく動く気配がない。夜の暗さに溶け込むような彼らの姿と、それまで微動だにしなかった彼らが合図で一斉に散開するシーンからの緊張感の上がり具合は流石。赤いツナギを着た彼らの顔はみんな自分たちそっくりで、まさにドッペルゲンガー。
「お前たちは何者だ」という問いに、彼らの一人でアディそっくりな女が掠れ声で答える。
「私たちはアメリカ人だ」
ここから、彼らとウィルソン一家の戦いが始まっていくのである。
彼らが何者で、どうやって生まれたのか、その正体はちゃんと、かなりしっかり明示される。その起源と生態についてはなかなか荒唐無稽でスケールが大きいというか、ちょっと無理があるように最初は感じる。だがこの映画のキモは、それをどう成り立たせているか、なぜ存在するのか、映画は言葉で語らず、映像で暗喩的に描いており、そこを読み解き補完していくところにある。
思い返せば、この映画は冒頭から意味深な要素で満ち満ちている。何気ないセリフや細かい仕草など、そうした要素の意図を考えていくと、荒唐無稽な大ネタや、自分たちと彼らの関係、設定、伝えたいことが徐々に現実味を帯びていく。
個人的には、親から見た子供(特に幼少期)の突拍子もない言動も、この映画の中の繋ぎ合わせに内包されているのではと感じた。ホラーが怖いのは、時折現実と生々しくリンクする瞬間があるからだと思う。最後に明らかになる真実も、映画全体のテーマに繋がっていく。
そしてなんといっても音楽。「ゲット・アウト」に続き、マイケル・エイブルズが担当している。特にメインテーマは、おどろおどろしいオーケストラに子供の合唱を合わせることで、得体のしれなさが際立っている。これも映画同様、ユニークで耳に残る。
恐怖の視点、ユーモア、伏線や意図の緻密さなど全体的に高水準。それでいて、怖さビンビンながら直接的な痛々しいシーンはそれほど多くなかった(これは自分の感じ方だが)ので、実は安心して観ていられた。しっかり怖くて読み解きも楽しい良作。
画像:© 2019 Universal Studios and Perfect Universe Investment
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