書籍感想「三体」
2008年に出版されたSF小説。中国を舞台に書かれており、作者である劉慈欣も中国人。
日本では2019年に、翻訳されたものが出版された。この作品は三部作になっており、これは一作目。日本では現在二作目まで出版されている。
一部界隈で非常に話題になっていたのと、中国のSFってどんなものなんだろうという興味から触れてみた。
昔は小説もそれなりに読んだ口なのだけど、近頃は本をじっくり読む時間をあまり作らずにいたので空いた時間にちびちび読み進めていたのだが、それでも面白かった。
まずは冒頭から、文革(文化大革命)の強烈なシーンから始まる。
超ざっくり文革について説明すると、1960年代中頃から始まった毛沢東による権力闘争で、学生や大衆を煽って政敵や反革命勢力を攻撃させまくったそうである。特に紅衛兵と命名された学生運動グループが、毛の政敵だけでなく資本主義者や自分たちのやり方をよく思わない反革命勢力を糾弾(ほぼ暴動でありリンチ)し、多数の死者を出したのだとか。
中国のエンタメ、というと国家礼賛というかプロパガンダ的なイメージを思い浮かべてしまうのだが、このシーンの超えげつない描写はそういうこととは無縁に思える。
このシーンはあとがきによると、中国国内の単行本刊行時には「いきなり文革から入るのは得策ではない」という理由で後半に挟み込まれたそうだが、英訳版、日本版では本来の位置に戻されたという。こういう事情があったことを考えると、この本がギリギリのところを攻めているかがなんとなくうかがえる。
このパートの主人公は葉文潔(イエ・ウェンジェ/よう・ぶんけつ)という女性で、後に天体物理学者になる。物語の重要人物である。
そして、舞台はメインとなる現代パートになる。ここでの主人公はナノ科学者の汪淼(ワン・ミャオ/おうびょう)。この汪淼が「三体」という、本のタイトルにもなっているVRゲームに触れるまでは、正直なところちょっとダレていたのだが、この辺りから物語にギアがかかってくる。
「三体」は非常に奇妙なゲームである。ゲームでありながら、レベルを上げるとか敵をどうこうするといったことはなく、ゲーム内の人物たちとの会話が主軸となっている。一応オンラインゲームなのか、他のプレイヤーもいるらしい。
この世界は「恒紀」と「乱紀」という、太陽の日照日没が安定した時期と、そうでない時期があり、ゲーム内の人物たちの中には自分たちが住んでいる世界の謎を解き明かそうとしている者もいる。
太陽の動きがでたらめなので気候もめちゃくちゃであり、太陽が何十年も出ないということになれば、当然文明は崩壊してしまい、「文明#○○(数字)は崩壊しました。またのログインをお待ちしています」となる。その文明中に解決の糸口を掴んでいれば、また次にログインしたときには、別の文明が始まる、という、滅亡を積み重ねる仕組みになっている。
一応この世界の人類は、こうした事態を乗り切るために自分の体から水分を抜きペラペラになる「脱水化」という特技を身に着けているようだが、完全に身を守れるものでもないらしい。
このゲーム「三体」の太陽の謎はクライマックスではなく、わりと早めに解き明かされる。これがなるほどと膝を打つと同時に非常にSF的なスケールの大きさのカラクリで、思わず「おおっ」と唸ってしまったのだが、これを皮切りにストーリーはさらに自分の予想の壁をいくつも裏切り、冒頭の波乱万丈な葉文潔の物語とも繋がっていく。
この面白さは、「ピンチ! どう切り抜ける!?」という展開の面白さというよりは、複雑な建造物を下から登っていき、てっぺんからそれまで見てきたものがどうなっていたのかを見下ろすという構造の妙だと思う。
なのでwikipediaなどであらすじを読んだり先に情報を入れてしまうと、いくらかはこの小説の構造・全体図がわかってしまうので、興味がある方は何も頭に入れずに読むことをおすすめしたい。もちろんスリリングな場面もたくさんある。
SF的な理論は出るには出てくるが、補足知識などなくても面白さを掴むことはできると思う。汪淼の相棒になるいかにもタフな警官の史強(シー・チアン/し・きょう)は、少々うるさく感じるものの小難しい理屈とは無縁で頼もしい。
しっかりとエンターテインメントになっていながらも、文字からイメージするものの奇想天外さというSFらしい面白味があり、楽しかった。どうやらドラマ化の話もあるのだとか(「三体」ゲーム内に登場する「人間コンピューター」なんか、映像化されたら相当見ものだと思う)。今面白いSF、といわれたら大安定でおすすめできる。
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