書籍感想「アラフォーウーバーイーツ配達員ヘロヘロ日記」

2021年4月にワニブックスから出版&配信された、タイトルの通りウーバーイーツ体験記。著者は渡辺雅史氏。
渡辺氏の本職は放送作家、雑誌ライターだが、深夜ラジオ番組「月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力」の元構成作家であり、笑い役だった人物としても知られている。伊集院氏から「バカ電車バカ」(電車馬鹿の頭にバカがつくほどのマニア)と呼ばれるほど電車に造詣が深く、鉄道関連の著作もある。
本書は、そんな著者が40歳を過ぎてから本業の合間に始めた、ウーバーイーツ配達員について自身の体験をまとめたルポルタージュものになっている。

ウーバーイーツはここ数年で知られるようになったデリバリーサービス。いまや都内でちょっと外に出れば、あの四角いバッグを背負って走る人を見ない日はないというくらい浸透している。気軽に始められる反面色々と話題に事欠かない仕事でもあり、ネットの記事やニュースなどで報じられるのを目にすることも多い。
自分は元々出前をほとんど頼まない質なので実は未だお世話になったことはないが、日常の風景をすっかり変えてしまった未来的な仕事について、まったく興味がないわけでもない。「未来的」は大袈裟かもしれないが、これだけ人目につき、誰でも始められ、教育や指導を受けることもなく、アプリのオン/オフを切り替えるだけで働く/働かないを決められるという仕事はなかなかない気がする。ここまで労働というもののハードルを下げた仕組みと、その現場ではどういうことが起こっているのか、気になりはしないだろうか。

著者が配達員を始めたのはまだウーバーイーツが世間に広まる前の2017年末。メタボ、高血圧、脂肪肝、糖尿病の「四重苦」で医師から運動を勧められており、「ジムでエアロバイクこぐのはお金がかかるが、配達員になって自転車をこげばお金を稼げる」と考えたのが理由だそうである。
その体の状態からいきなり肉体労働に飛び込むのはなかなか凄いことのように思うが、3年以上走り続けたおかげか血糖値などの数値は改善に向かっており、医師から「もっとウーバーの仕事増やしたら?」と言われたとのこと(あとがきにオチがついているが)。

主な内容としては、著者自身が配達員として体験した出来事やトラブルだけでなく、ウーバーイーツ自体のシステム、そしてウーバー界隈で起こる問題や世間との認識のズレなどについて、外側からではない中の人の意見や考察を述べている。
シェアサイクルポート(著者は自分の自転車を持たない)でなるべくバッテリー残量の多い電動自転車を探し、また途中で乗り換えるといった工夫と戦いの話に始まり、大使館に配達したらボディチェックを受けた話、届け先のタワマン屋上庭園がまるで「天空の城ラピュタ」で驚いたという配達員ならではな話、「本当におっさんがきた!」と若者に馬鹿にされた話や、マクドナルドを届けたら客から「スマイル」を要求されたなどの理不尽、面倒な話から、男女の行為中のところへ配達したというような下世話な話まで、中年の悲哀まじりの体験談は軽妙な語り口で面白い。
自分が注目したのは、ウーバーイーツ自体のシステムや仕組みについての説明について、「自分が体験したときはこうだが、現在はこうなっている」といった注釈や補足がされている点。著者の性格なのだろうか、とにかく情報を正確に伝えたいという生真面目さが伝わってくる。
それだけでなく、注文者側からよく来るクレームで多いという、注文者側に通知される配達までの時間と、実際の配達に差が生まれる理由、まっすぐ自分のところに配達に来ない理由など、利用する上での疑問点や知らなかったことなどもかなり詳細に説明している。ウーバーイーツのシステムがこうだから、こういう事が起こるのではとする考察は理路整然としているし、「誰でも配達員になれる」といった利点やウーバー自体のシステムがもたらす弊害などにも言及している。
また、他の配達員から取材した話を自身と照らし合わせるなど、個人的な体験だけに留まらずウーバーイーツという仕事全体を書ききろうという姿勢は流石ライターだと思う(女性配達員のもらえるチップの額が自身と全然違うことに愕然としていたのは笑った)。普段は都内で配達をしているが、名古屋や沖縄などに遠征してそこでも配達を行い、地域差を検証しようとするのも面白い。

というわけで、中年ウーバーイーツ配達員の日常や、なんとなくイメージできそうな部分から配達員でなくてはできない体験、ウーバーイーツを利用するお店側についてまで取り上げられており、面白かった。トピックごとに区切られているので読みやすく、内容もディープ。
「プロ意識が足らない!」という客からの苦情に「配達員はプロではありません」と答えながらも、表紙には「Uber Eats 配達員」と肩書きをつけており、仕事に対する姿勢は真摯であるように感じる。また、前述の通り注文者側から見えない部分をしっかり説明してくれるので、よく利用する方は読めば頼んだものを多少は気持ちよく受け取れるようになるかもしれない。